2008年02月11日

早いもので、2月も中旬

早いもので2月も中旬である。

オヤジの体調は、良くも悪くもなく、現状維持の状態が続いている。

昨年は、ほとんど雪が降らなかったが、今年はいきなりドカ雪が降る。しかし長くは続かず、翌日には天候が回復し、どんどんと融けていく。

早く3月にならないものかと願う。3月になれば、厳しい寒さも緩んでくる。オヤジも冬の季節よりも、少しは体を動かすことができるだろうう。
posted by 自由人 at 11:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月22日

毎月1日の診察

今日は、月1日の診察日だった。

病院まで自動車で15分程度であるが、待ち時間まで含めると検査がなくても午前11時位まではかかる。

毎月の行事とは言え、12月に時間を取られるのは大きい。義理と人情を計りにかけりゃ、義理が重たい渡世の♪である。

まあ今年1年オヤジも入院することもなく、頑張ったよ。来年も頑張ってくれ。
posted by 自由人 at 17:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月07日

あんたは、子供か。

今日は、母親が眼科医院に行くために送って欲しいというので、自動車で送っていくことにした。

地方都市でも私が住んでいるところは、中心部より外れているために、目的の眼科医院までは、車で15分程度かかる。
 
眼科医院に行くと、駐車場には10数台駐車していたが、午前の診療時間も終りに近づいていたので、そんなに待たされることもないだろうと車中で待っていることにした。

しかし、予想は外れ1時間程度待たされる羽目になった。

帰る途中で買い物をすませ自宅に戻ってくると、待ちくたびれたのか門のところで帰りを待っている親父の姿があった。体が少し不自由なので、かろうじて門柱につかまり立っている状態である。

つまり一人で待っていることが寂しいため、この寒い中外に出て待っていたのである。

『あんたは、子供か。』と言いたいところだが、経度の認知症でもあるため、言ってみても無駄なのである。

風邪だけはひくなよと心から願うのであった。




posted by 自由人 at 20:32| Comment(3) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月05日

危ない男

うちのオヤジは、時々危ない行動をとる。

そうだ親父は危険な男なのだ。

最近では何を思ったのか、自分しかいない部屋で、石油ファンヒーターのタンクを取り出し、そのまま石油ファンヒーターの前に置くような行動を取る。

オヤジよ、いい事をしろとは言わない。でもせめて悪い事だけはするな。オヤジよ火事になって全焼したら、行くところがなくなるんだぞ。しかし、言っても無駄な認知症。

認知症。あまりにもソフト過ぎる。周りにとってはボケ老人と言いたくなる。

昨シーズンまでは、このような行動はしなかったのであるが、なぜか今年は、禁じられた遊びを覚えてしまった。恐るべし認知症。

今までは同じ言葉の繰り返しが、認知症の症状として出ていたのであるが、今度は不可解な行動も現れるようになった。

自分自身では何か意味があるとは思うが、周りから見れば全く不可解以外何物でもない。

少しでも目が離せなくってきている。この先が思いやられる。

posted by 自由人 at 19:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月01日

もうすぐ7周年

もうすぐ7周年である。

と言っても別に、お祝をすべき類のものではない。

オヤジが最初の脳梗塞で倒れたのが、平成12年12月の年も押し詰まった日だった。急に朝めまいがすると言って歩けなくなり、血圧でも高いのかと思い自動車に乗せて近くのクリニックに連れて行った。

精密な検査が必要だとのことで、脳外科の専門病院を紹介され検査すると、脳梗塞との診断だった。

早いものであれから、7年の歳月が経つ(遠くを見る目)

この7年間に5度ほど入院したが、その度に復活してくる。只者じゃないぞ、オヤジ。うちの家系は頭は弱いが、体は強いことが証明された。

倒れる前は頑強で、医者にもかかったことがないのが自慢だったが、あれだけ酒と煙草を吸っていたのだから、周りの家族は70歳まで生きれば上等だと思っていた。

結局その健康を過信してしまった。無謀な生活を送った結果なのである。しかし、そのオヤジも御歳80歳だ。もう男性の平均寿命は超えている。

でも認知症だけはどうしようもない。頼むから5分前のことは覚えていてくれ。










posted by 自由人 at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月28日

月に1度

オヤジを診察のため病院に連れていくのは、月1度である。

病院は、車で20分近くかかる脳外科の専門病院だ。

少し障害の残った体を車に乗せ連れていくのは、月にたった1度とは言え、やはり負担はある。通常の診断だと数時間ですむが、検査が入ると半日は駄目になる。

オヤジよ、感謝しているのか?オヤジの大酒のみせいで夫婦喧嘩が絶えない家庭だったから、正直おれはオヤジを憎んでいた。オヤジが倒れたって面倒なんかみてやるかと思っていた。

ああ、それなのにそれなのに。なぜかオヤジの面倒を見ている俺がいる。

最初に倒れた年から数年は、年に1〜2度入院したが、夜中に一人で歩き回るため、困った病院側から家族の付き添いをお願いされ、入院中は夜病室に泊まり、朝仕事にいく生活続けるはめになった。

ここ数年は、入院することもないので、その点は助かっている。

人間とは不思議なものだ。どんなに憎んでいても、病気になった人間を憎むことはできないのだろうか。それとも俺が人が良すぎるのか。









posted by 自由人 at 15:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月23日

もしもあの時

もしもあの時、オヤジが倒れなかったら、俺は今頃どんな生活をしていたのだろうか?

俺は今自営業をしている。なぜならもうサラリーマン生活を続けることができなくなったからである。

オヤジが倒れる1ヶ月前、同居している伯母が同じ脳梗塞で入院していたからだ。つまり、たった1ヶ月間に脳梗塞で家族二人が入院をしたことになるのだ。しかも入院した病院は別々だった。

とても介護休暇をとり、面倒を見るといった悠長ことはできなかった。二つの病院を掛け持ちで毎日行った。当時は目の前のことで精いっぱいだったために、退院後の生活を考えている余裕などなかった。

それでも退院間近になると、これから先の生活のことが気がかりになった。二人がいつ何時入院するかも知れない状態では、とても再就職の選択肢はなかった。

とりあえず開業するために、いろいろな資格を取った。資格を取ったからといって、開業できるわけではないが他に選択肢がない以上、やるしかなかった。

現在自営業であるため、時間の調整はサラリーマンよりは融通がきく、そこそこ生活できる程度の収入はある。

今思うとこれも運命なのかとさえ思う。

posted by 自由人 at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月18日

時限爆弾

オヤジは、ここ数年入院はしていないが、それでもいつ何時入院するかも知れない危険性はある。

現在の状態は、血管がかなり細くなっているところがあり、そこが詰まると生命の危険性があるということだ。

つまり、我家はいつ何時爆発するかも知れない、爆弾を抱えているようなものだ。

以前は夜中に目が覚めることはなかったが、最近ではたまに夜中に目が醒め寝れなくなりことがある。気にはしないようにしているが、意識の奥底ではかなり負担がかかっているのかも知れない。

自営業では働いてなんぼである。何かのアクシデントにより仕事ができなくなってしまった場合、収入0を意味する。とてもサラリーマンとは比較にならない、不安定なストレスのある生活をしている。

サラリーマン時代は、自分の思い通りにできる自営業等をあこがれた時期があるが、いざ自分がやってみるととてつもなく思いプレッシャーとの闘いである。

いつも何か心に引っかかっている感じだ。負けそうになる自分を、自分自身で精一杯力づけている毎日なのだ。
posted by 自由人 at 21:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月15日

訪問リハビリ

オヤジは、週1回訪問リハビリをしている。

6月頃から止めていたリハビリを再開することにした。春先の暖かい時期は、庭先に出て歩き回っているが、さすがに寒い季節になると、とたんに体を動かさなくなるので、筋力の衰えを防ぐ意味で訪問リハビリを行っている。

オヤジは、若い頃柔道をやり三段の有段者である。仕事もガテン系だった。その息子の俺は、ホワイトカラーの頭脳系の仕事をしていたため、昔から意見は合わなかった。そもそも根本から考え方がちがうのである。

小さい頃からオヤジに似ていると言われたことがないのが、誇り(?)だった。まあ得てして男は、父親に反発するものであるが。

話が反れたが、若干の障害が残ってはいるものの、理学療法士の指導メニューをこなしているので、やはり基礎体力はあるのだと思う。とにかく体を動かすことが好きなのかも知れない。

年齢も年齢だけに、完全な回復は望めそうもないが、少しでも現状維持の状態が続けば良しといわなければならない。




posted by 自由人 at 16:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月10日

『後は』『終わりか』

オヤジの認知症の症状としては、記憶力がかなり悪くなったのと、同じ言葉を繰り返すことである。

とにかくやたらと、『後は』 『終わりか』 『大丈夫か』の言葉を繰り返す。これは周りの人間にとって、拷問以外の何物でもない。たまにキレて言葉を荒げてしまうことがある。

これはやはり認知症の人間と接したことがない人には、判らない心境である。とにかく同じ言葉を繰り返すのだ。

会話が全く理解できないわけではない。話を理解する力もあるし、それに対して返事もできる。ただただ同じ言葉を繰り返すことが多い。

認知症の症状も様々であるから、どれが良い悪いかを判断することはできないが、どのような症状でも周りの人間には理解できないことだと思う。

有吉佐和子の長編小説にあった『恍惚の人』ほどでもないのが、せめてのも救いか。

他には時間的感覚がない。昼間でも雨戸を閉めることがあるし、早く寝たときは、夜中に着替えて起きてくることもある。

posted by 自由人 at 17:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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